
河合商店とは?震災前の「河合ストア」から大槌で続く鮮魚店の歩み
岩手県大槌町の河合商店は、いまの店舗だけを見ても、その歩みの全体は分かりません。東日本大震災の前には大槌町安渡で「河合ストア」を営み、震災の津波で店舗を失い、その後は仮設商店街で営業を続けました。現在の河合商店につながるまでには、「店を建て直す」という一言だけでは収まらない時間があります。
この記事では、震災前の河合ストア、福幸きらり商店街での仮設営業、商業再建を考えた時期、そして現在の河合商店までをたどります。一直線に今へつながったのではなく、その時々で選びながら商いを続けてきた歩みです。

河合商店は、どんな魚屋?
河合商店は岩手県上閉伊郡大槌町にある鮮魚店です。公式サイトでは、東日本大震災で店舗と住居を津波で失ったこと、その後も大槌の地で地域とともに暮らしながら商いを続けていることを店主・河合秀保の言葉で紹介しています。
現在の公式ECでは、三陸のウニ、毛ガニ、ホタテ、わかめ、めかぶ、いくらのほか、大槌サーモンや自家製の加工品などを扱っています。魚介の産地や加工地は商品によって異なり、それぞれの商品ページで紹介しています。
震災前は、大槌町安渡の「河合ストア」だった
2013年に残された活動記録では、河合秀保は東日本大震災以前、大槌町安渡で「河合ストア」を営んでいました。2011年3月11日の大津波で店は全壊し、元の場所でそのまま営業を再開できる状況ではありませんでした。
ここは、現在の河合商店を知るうえで重要なところです。震災前の店から現在の店舗へ、同じ場所でそのまま営業を続けたわけではありません。一度、商いの場所そのものを失っています。

震災後、河合商店はどこで営業を続けた?
震災後、河合商店は旧大槌北小学校の校庭に整備された仮設商店街「福幸きらり商店街」で営業を続けました。仮設商店街は、震災で店舗を失った商店主が事業を再開するための大切な場所でした。
ただし、仮設はずっと使い続けられる店舗ではありません。営業を再開できたあとには、「この先、どこで本設の店を構えるのか」という次の問題がありました。復旧と復興は同じではなく、商売を再開することと、町の中で長く商いを続けられる場所をつくることも別の課題でした。
店の再建だけでなく、大槌の商業をどう残すかを考えた
当時の記録には、河合秀保と地域の商店主、支援者らが、商業再建について何度も話し合った経緯が残っています。「北小商店街計画案」、その後の「沢山地区 複合型商業集積 計画書」では、一つの店だけではなく、商店が集まる場所をどうつくるかが検討されました。
2013年の記録では、計画に賛同する商店主らの署名を集め、町役場へ計画書を提出し、受理されたことが残っています。その後は複数の案や立場の中で、地域の商業をどう残していくかが検討されていきました。
復興の途中では、最初から今の形が決まっていたわけではありません。店を続けること、商店街をどうするか、町の商業をどう残すか。その都度考えながら進んできた時間がありました。

現在の河合商店へ
現在、河合商店は大槌町大町に店舗を構えています。震災前の安渡、仮設商店街、商業再建を考えた時期を経て、再び大槌で鮮魚店として商いを続けています。
そして現在は、実店舗だけでなく公式ECを通じて、三陸の海産物や加工品を町の外へ届ける形も持つようになりました。店の歴史を知ると、ECの商品一覧も少し違って見えてきます。そこに並んでいるのは商品だけではなく、大槌で商いを続けてきた時間の先にあるものだからです。
関連記事
よくある質問
河合商店は震災前から同じ場所にある?
いいえ。2013年の活動記録では、震災前は大槌町安渡で「河合ストア」を営んでいたとされています。津波で店舗を失った後、福幸きらり商店街で営業を続け、現在は大槌町大町に店舗を構えています。
福幸きらり商店街は現在もある?
現在は仮設商店街としての役割を終えており、大槌町では跡地の利活用が検討されています。河合商店の現在の店舗は別の場所です。
河合商店の商品は、すべて大槌産?
河合商店は大槌町の鮮魚店ですが、魚介の産地や加工地は商品によって異なります。詳しい産地は、それぞれの商品ページで案内しています。





































コメント