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岩手県大槌町とは?海・山・湧水・鮭文化・震災から町を知る

9月17日
読了時間: 7分

更新日:9月20日

岩手県大槌町は、三陸沿岸の海だけを見ても全体像がつかめない町です。背後には山が迫り、大槌川と小鎚川が流れ、町の中には自噴井や湧水があります。沿岸では漁業や養殖が営まれ、鮭の食文化や郷土芸能が受け継がれてきました。

そして2011年3月11日の東日本大震災津波では、町が甚大な被害を受けました。現在の大槌を知るには、自然、海産物、文化、震災、復興を別々の話にせず、同じ町の時間として見ることが大切です。

このページでは、大槌町を初めて知る人のために、地形と水、三陸の海、漁業、鮭文化、郷土芸能、震災と復興、そして大槌で商いを続ける河合商店までを一つの入口として整理します。


岩手県大槌町の風景


岩手県大槌町とは?


大槌町は、岩手県沿岸部の上閉伊郡にある町です。三陸沿岸の町として海との関わりが深い一方、町域には山地が広がり、海と山の距離が近いことも特徴です。

町の中心部には大槌川と小鎚川が流れ、沿岸には大槌湾や船越湾があります。町方、安渡、赤浜、吉里吉里、浪板などの地区があり、それぞれ地形や震災、復興の経過も同じではありません。

大槌町が公表している2026年7月31日時点の人口は10,031人、5,132世帯です。人口は変動するため、ここでは現在の町の規模を知るための日付付き情報として扱います。


大槌は「海の町」だけではない


大槌を理解するうえで面白いのが、山・川・地下水・海の距離の近さです。大槌町の三陸ジオパーク案内では、大槌川と小鎚川に挟まれた町方地区に自噴井があり、上流から地中へ浸透した地下水が町の中で湧き出すことが紹介されています。

表層に近い地下水は源水川の湧水にもなり、古くから生活用水として使われてきました。年間を通して水温・水質が比較的安定するため、源水川は県内唯一の淡水型イトヨの生息地としても紹介されています。

ただし、こうした水循環をそのまま『だから大槌の海産物がおいしい』という説明には使いません。町の水循環と、個別の魚介の品質や味は、別の根拠で考える必要があります。


三陸の海と、大槌の漁業


大槌は三陸沿岸の町です。ただし、三陸の海を『親潮と黒潮がぶつかる場所』という一言だけで説明することはできません。岩手沿岸には親潮水、沿岸親潮水、黒潮系暖水、津軽暖流水など性質の異なる水が関係し、季節や年によって海況が変わります。

漁業にもいくつかの形があります。沿岸へ来遊する魚を利用する定置網、ワカメ・カキ・ホタテなどを海で育てる養殖、ウニやアワビなど磯の資源を利用する採介藻漁業は、それぞれ海との関わり方が違います。

『大槌で魚がとれる』という一文の裏には、魚種、漁法、養殖、資源管理、海況という複数の要素があります。


大槌と鮭|昔からの食文化と、現代の養殖


大槌と鮭の関係には、少なくとも二つの時間があります。一つは、シロザケを塩蔵して寒風干しにする新巻鮭の伝統。もう一つは、近年のギンザケやトラウトサーモンを含む岩手大槌サーモンの海面養殖です。

大槌町は『南部鼻曲がり鮭の新巻鮭』を、400年以上前に大槌で生まれたと伝わる食文化として紹介しており、2023年には文化庁の100年フードに認定されたと公表しています。

一方、現代の大槌サーモンは、昔から続く秋サケと同じ魚種・同じ生産方法ではありません。新巻鮭へつながる伝統的な鮭文化と、現代の海面養殖。大槌には、時代の違う二つの鮭の物語があります。


郷土芸能が今も暮らしの中にある町


大槌では、虎舞、鹿子踊、神楽などの郷土芸能が地域ごとに受け継がれています。大槌町教育委員会は町内の複数の郷土芸能を無形民俗文化財に指定しており、臼澤鹿子踊などは大槌まつりの神社祭礼にも奉納されています。

郷土芸能は観光のためだけに残っているものではありません。神社の祭礼や地域の保存会など、地域の暮らしの中で継承されてきた文化です。

大槌まつりを知ると、海産物や景色とは別の角度から、大槌という町が長く積み重ねてきた共同体の姿が見えてきます。


2011年3月11日、大槌町を襲った東日本大震災


大槌町を語るとき、東日本大震災を切り離すことはできません。大槌町震災アーカイブは、2011年3月11日の東日本大震災津波で、町に死者・行方不明者1,286人という甚大な被害があったと記録しています。

町は震災前の暮らしや文化、被災時の記録、復旧・復興の過程を『大槌町震災アーカイブ~つむぎ~』として保存し、防災・減災の教訓を将来へ伝える取組を続けています。

震災を『復興した町』という一言だけで閉じず、何を失い、どう暮らしと産業を再建し、何を記録して次へ残そうとしているのかを見ることが、大槌を理解するうえで重要です。


東日本大震災の津波被害を記録した写真


震災後も、町の文化と商いは続いてきた


震災後の大槌では、住宅や公共施設、産業、商業の再建が進められました。同時に、祭りや郷土芸能も再開し、震災前からあった町の文化を次へつなぐ動きも続きました。

河合商店もその一つです。震災前は大槌町安渡で『河合ストア』を営み、津波で店舗を失った後、旧大槌北小学校跡地の仮設商店街『福幸きらり商店街』で営業を続け、その後現在の店舗へつながっています。

一つの鮮魚店の歴史を見ると、震災後の大槌で『商いを再開すること』と『町の中で商いを続ける場所をつくること』が別の課題だったことも見えてきます。


大槌の海も、いま変化している


三陸の海は昔から変化のある海ですが、近年は高水温など海況の変化が水産業へ与える影響が大きな課題になっています。

大槌の海も、ずっと同じではありません。魚の回遊、海流、資源状態、養殖環境は変わり、それに合わせて漁業の現場も変化してきました。

大槌を知ることは、過去の歴史を知るだけでなく、変わっていく三陸の海と今の暮らしを見ることでもあります。


大槌町を知るなら、どこから読めばいい?


海や魚を知りたいなら、まず『三陸の海の幸』と『三陸の漁業』。鮭文化なら『大槌と鮭の文化』。町の自然を知りたいなら『山・川・湧水・海のつながり』。震災後の商いを知りたいなら『河合商店とは?』へ進むと、大槌の違う面がつながって見えてきます。

大槌は、海産物だけの町でも、震災だけの町でもありません。海、山、水、漁業、祭り、郷土芸能、震災の記憶、商いが同じ場所に重なっている町です。



よくある質問


大槌町は三陸にある?


はい。岩手県沿岸部にあり、三陸ジオパークの地域にも含まれています。三陸は行政区域名ではなく広域の地域呼称です。


大槌町は海だけの町?


海との関わりは大きいですが、背後の山地、大槌川・小鎚川、自噴井や源水川の湧水など、山・川・地下水も町の特徴です。


大槌サーモンと昔からの秋サケは同じ?


同じではありません。伝統的な秋サケ・新巻鮭は主にシロザケの文脈で、現代の岩手大槌サーモンはギンザケやトラウトサーモンを含む養殖ブランドです。


震災前の大槌の記録も見られる?


大槌町は『大槌町震災アーカイブ~つむぎ~』で、震災前の町の様子、被災、復旧・復興の写真・映像・資料を公開しています。


この記事を書いている河合商店について


この記事の執筆・編集責任は、岩手県大槌町の有限会社河合商店です。店舗やこれまでの歩み、代表・河合秀保については、「河合商店について」でご紹介しています。


参考・出典


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